まだまだ知らない映画が多過ぎる。
「名前も知らないいい映画」が、きっとどこかに埋もれているはずです。
この映画もまた、最近まで全く知りませんでした。
英国アカデミー賞で新人脚本家・監督賞を受賞し、アカデミー賞主演男優賞にノミネートされた作品。
他にも“数々の映画祭などで高い評価を得ている”作品。
「父親と娘がバカンスで過ごした思い出の話」というぐらいの情報だけで…視聴してみることにしました。
映画「aftersun/アフターサン」
映画「aftersun/アフターサン」公式Xより
アフターサン(原題:aftersun)は、2022年公開(日本は2023年)公開のイギリス・アメリカ合作のドラマ映画。
シャーロット・ウェルズ監督の長編映画デビュー作。
STORY
1990年後半、11歳の少女“ソフィ”は母親と離婚し離れて暮らす31歳の父親“カラム”と、トルコのビーチリゾート「オルデニズ」に旅行する。二人はお互いをminiDVカメラで録画し、会えなかった時間を埋めるかのように楽しく休暇を過ごす。それから20年後、父親と同じ年齢になったソフィはその時の映像を観ながら、大好きだった父親との思い出をだどり、当時は気付けなかった彼の姿を探し出す…。
監督:シャーロット・ウェルズ
上映時間:101分
楽しい話ではないのかな
その裏に実は…
監督
シャーロット・ウェルズ
シャーロット・ウェルズは、スコットランド・エディンバラ出身の映画監督、脚本家、プロデューサー。
若い頃から映画に興味があったが、オックスフォード大学卒業後に金融業界に進んだ。
友人の仕事を手伝うことで映画に関わり、プロデューサーになること目指してニューヨーク大学に行く。
NYU在学中、2015年「Tuesday」2016年「Laps」2017年「Blue Christmas」の3本の短編映画を製作した。
この時点で既に、いくつかの賞を受賞している。
2022年「aftersun/アフターサン」で長編映画デビューをし、英国アカデミー賞での新人脚本家・監督賞を受賞を含む、121のノミネートと33の賞を受賞した。
シャーロット監督自身、よく兄妹と間違えられたという若い父親を16歳の時に亡くしている。
彼女と父親が、実際にトルコで過ごした夏休みの思い出が物語のベースとなっています。
主演
ポール・メスカル(カラム・A・パターソン役)
ポール・メスカルは、アイルランド・メイヌース出身の俳優。
俳優になる前は、アイルランドの国民的スポーツの「ゲーリックフットボール」の選手だった。
リール・アカデミーで演技を学び、16歳の時にミュージカル「オペラ座の怪人」で舞台デビュー。
2020年に初出演したテレビドラマ「ふつうの人々」での演技が高く評価され、英国アカデミー賞テレビ部門主演男優賞を受賞した。
2021年「ロスト・ドーター」で映画デビューし、2022年「aftersun/アフターサン」でアカデミー賞主演男優賞にノミネートされた。
2022年に舞台「欲望という名の電車」に出演し、2023年にローレンス・オリヴィエ賞男優賞を受賞した。
2024年公開予定の「グラディエーターⅡ」で主演することが決まっている。
ポール・メスカルは、「aftersun/アフターサン」で初めて知りました。
この映画で、娘と楽しく過ごしながらも苦悩する父親を見事に演じていました。
全く違った役柄の「グラディエーターⅡ」では、彼がどんな演技をするのかが楽しみです。
フランキー・コリオ(ソフィ・L・パターソン役)
フランキー・コリオは、スコットランド出身の女優。
2022年の「aftersun/アフターサン」の半年に渡るオーディションで、800人の中からソフィ役を勝ち取り映画デビュー。
同作での演技が高く評価され、ロンドン映画批評家協会賞のブリティッシュ/アイリッシュ新人俳優賞を受賞。
同席していた“ケイト・ブランシェット”から「新星」と呼ばれた。
今作でとても無邪気な可愛いらしさを見せながら、思春期に片足を踏み入れた11歳の少女を見事に演じています。
これでかなりの注目を集めたフランキー・コリオですが、次回作や今後どのような女優に成長していくのかが楽しみですね。
感想
まず、この作品は「何も考えずに映画を観たい人」や「メンタルが弱っている人」にはお勧めしません。
“2回観る”ことを前提で観て欲しい映画です。
というより…ほとんどの人が1回観ただけでは理解ができません。
本編がスタートして途中で「一体何を観せられているんだ」という気持ちになり、特に何かが起きるわけでもなく映画は終幕します。
しかし、観終わると所々にあった「あれはどういうことだろう」というシーンが気になり、ネットで考察を読んだりしてもう一度観たくなる。
そして、1回目では気づかなかった多くのことに気づくことになります。
映画では何も説明されていないため、視聴者が映像に映るものから推測していくしかありません。
カラム
久しぶりに会った娘と楽しく休暇を過ごすカラムですが、所々で様子がおかしいのがわかります。
右手にギプスをしているし、ベランダの縁に立ったり、鏡の自分に唾を吐いたり、突然泣き出したり…
娘といる時と1人でいる時の様子がまるで違う。
自己啓発の本があったり、太極拳をしたり、娘に護身術を真剣に教えたりと、我が子と過ごすリゾートの地に似つかないことをします。
映画の中に散りばめられた点と点を繋ぎ合わせると、カラムは恐らく“うつ病”でこの旅行が“娘と過ごす最後の時間になる”と決めていることが推測できます。
ビーチリゾートにしては安っぽいホテル、バスでのツアー、ほとんどの時間をホテルのプールやレクリエーションエリアで過ごしている。
ソフィに指摘もされますが、これらのことからカラムは“お金がない”ということも分かります。
それなのに、1人の時に850ポンド(約16万円)もする絨毯を買いに行きます。
2回目の視聴では、カラムの様々な葛藤が見えてきて胸が苦しくなる。
ソフィ
ソフィは、久しぶりに会う父親との時間を純粋に楽しもうとしています。
それと同時に…11歳という年齢の彼女は、年上の男女のスキンシップなど“セクシャル”なことに興味を示します。
父親とプールなどで、無邪気にはしゃぐ姿がとても可愛らしかった。
この映画は旅行の時の父親と同じ年齢になったソフィが、当時のことを思い出しながらビデオの映像を観ているという状況です。
11歳のソフィは、カラムが悩みを抱えていたなんて全く知りません。
夏休みに大好きなパパとリゾート地で過ごすのに、そんなことは考えるわけがありませんよね。
パパのためにカラオケのエントリーをしたり、誕生日を祝うために周りの人たちにお願いする姿は、可愛らしくもあり切なくもあります。
大好きなパパにくっつく姿も、2回目は泣けてくる…。
ソフィ役のフランキー・コリオは、完成した作品を観て泣いて「なんでこんな悲しい作品を作ったの」とシャーロット監督に詰め寄ったそうです。
彼女は、純粋に大好きなパパとのバカンスを楽しんでいたのでしょう。
デビュー作なのに自然な演技だったね
これからが楽しみだね
誕生日
カラムは、旅行中に31歳の誕生日を迎えることになります。
観光地に向かうバスの中で、ソフィは「おめでとう」と言う。
バスを降りて、カラムの真似をするソフィが可愛い。
ソフィはたまたま同じツアーに居合わせた人たちに、一緒に歌ってパパの誕生日を祝ってもらうようにお願いします。
丘の上にいるカラムに、皆で「♪彼はいい人 みんなそう言う おめでとう」と歌う。
普通なら笑顔になるところですが、カラムは全く笑いません…。
そして、画面がオーバーラップして、カラムが泣いているシーンに…
ソフィの優しさに、素直に応えられない自分に耐えきれなかったのでしょう。
そして、これが最後になることや様々な想いがあったんだと思います。
非常に観ていて辛いシーンでした。
カラオケ
ソフィは内緒でカラムの好きな曲である、R.E.M.の「Losing My Religion」をカラオケにエントリーします。
一緒に歌いたかったんですが、頑なに嫌がるカラム。
音程を外して歌うソフィを、カラムはなんとも言えない表情で見ている。
普通なら1人では歌わせないはずですが、カラムは全く歌う気はない様子。
その後の会話で、2人の雰囲気が悪くなりカラムは先にホテルに帰ってしまいます。
夜に女の子をひとり置いて帰る父親ってどうなんでしょうか。
この辺りからも、カラムの心の不安定さが推測できます。
カラムの行動
カラムは、時々おかしな行動をします。
カラオケや誕生日の反応もそうですが、バルコニーの縁に立ったり、ダイビングのマスクを取りに海の奥深くまで潜ったり、ソフィを置き去りにして夜の海へと消えていったり…
しかもその途中で、見知らぬ女性が捨てたタバコを拾って吸っていました。
2つの海のシーンでは、どちらも「死」を連想させました。
シャーロット監督によると、カラム単独のシーンはビデオを観ている“大人になったソフィの想像”らしいです。
11歳当時は何も分からなかったけど、父親と同じ年齢になった今は“父親の苦悩”がわかるということでしょう。
カラムがやっている「太極拳」は、“心を平穏に保ちたい”という気持ちの表れだと思います。
娘とのバカンスに来てまでやるわけですから、現状は「深刻」だということが推測できますね。
カラムの過去
冒頭のシーンで、ソフィがカラムに「パパが11歳の頃は将来は何してると思った?」と質問します。
しかし、カラムはそれに応えません。
スコットランドのエディンバラを故郷と感じたこともないし、帰る気もないと言います。
「11歳の誕生日には何をした?」という質問には、「誕生日を誰も覚えていなくて…」と応えるカラム。
きっと、スコットランドにいい思い出がないんでしょう。
子供の頃は、家で虐待を受けていたのかもしれません。
ダイビングの時は、「40歳なんて想像できない、30歳の自分に驚くよ」と言います。
カラムには昔から“自殺願望”があって、自分が長く生きるとは思っていなかったことが推測できます。
最後の時間
カラムが、娘と過ごす“最後の時間”だと覚悟して来たことがわかります。
「護身術」を真剣に教えるシーンがありますが、普通はリゾートでそんなことしませんよね。
部屋でカラムはソフィに、「生きたい場所で生きろ、なりたい人間になれ…時間はある」と言う。
海で話すシーンでは、「何でも話していいんだよ、大きくなって男の子のことやドラッグのこと…」と。
恐らくカラム自身は、子供の頃に親に何も話せなかったんだと思います。
最後だとわかっているから、自分が伝えたい(伝えようとしていた)全てを話している気がしました。
それがわかると、同じシーンでもとても哀しく観えてしまいます。
31歳のソフィ
大人になったソフィは、赤ちゃんを育てていてパートナーは女性です。
ビーチリゾートで男の子とキスをしましたが、あまりいい感触がしなかったのでしょうか。
その後に“男同士のキス”を目撃していましたが、その時の方がドキドキしたのかもしれません。
様々な人生経験を経て、今ならあの頃のパパの気持ちがわかる。
「なぜあの時に気づけなかったのか、なぜ彼を助けてあげられなかったのか」…と、いろんな葛藤があるのだと思います。
彼女もまた“うつ病”なのかもしれない。
ストロボが点滅する「ダンスフロア」にカラムを探しに行く、そこにはソフィが最後に見た時の服装のカラムがいる。
彼を見つけてしばらく抱きしめるがまた突き放す…するとカラムは闇へと落ちていく。
何度か出てくるこの「ダンスフロア」は、“心の闇”であり“死を連想させる場所”のような気がしました。
ソフィがカラムを突き落としたのは、“彼のようにはならない”という決意でしょうか。
大人になったソフィの部屋の床には、カラムがあの時に無理して買った“絨毯”が敷いてありました。
ダンスフロアはチカチカしてよく見えなかった…
2回目はしっかり観ないとね!
2人の境界線
ソフィは、部屋で「Girl Talk」という雑誌を読んでいる。
大人の女性の話に興味があるのでしょう。
壁を挟み、カラムはバスルームで“ギプス”を外そうとしている。
小さなハサミで無理に切ろうとするから、腕を傷つけてしまい血が流れる。
カラムは“自分を抑制するもの”を取り払おうとするが、それには“痛みをともなう”…と言っているかのよう。
壁の向こうのソフィは、父親のそんな姿は知る由もない…
まさに、ふたりの状況を表した印象的なシーンでした。
ラストダンス
この時に流れるのが、デヴィッド・ボウイとクィーンの「Under Pressure/アンダープレッシャー」です。
カラムは歌は歌わないけど、ダンスは夢中で踊ります。
♪この世界を知るのは恐ろしい
よき友たちが叫ぶ “ここから出してくれ”
明日に祈ろう もっとよい日々を
重いプレッシャー 路頭に迷う人々
世の中全てから目を逸らし 知らん顔では変わらない
愛を求めても傷だらけに なぜ? なぜ? どうして?
もう一度だけ試せないのか
もう一度愛にチャンスを なぜ愛を与えられない…
愛が勇気を与え 君が変えていく 互いに思いやるように
これが最後のダンス これが最後のダンス
これが僕たちの姿♪
まさに、カラムの心情を表しているかのような歌詞です。
そして、現在のソフィもこれに近づいていることが感じられます。
水面と水中
この映画では、水の中や水面、空の映像が映し出されます。
ソフィは潜るのが怖いと言い、カラムは奥深くまで潜っていく。
水の中は、“恐怖や不安”を表している気がします。
空のパラグライダーの映像が何度か出ますが、水面に映ると揺れて不安定に見えます。
それは、カラムの心の状態を連想させているのではないでしょうか。
カラムはゲイなのか?
「aftersun/アフターサン」の考察で、カラムはゲイである可能性を深掘りしている方がいました。
確かに、映画内の音楽の選択を見てみると…
R.E.M.のボーカルの“マイケル・スタイプ”はゲイだし、“デヴィッド・ボウイ”はバイセクシャル、“フレディー・マーキュリー”はゲイでした。
偶然とは思えない選曲だし、少年たちのキスシーンがあったり、カラムがソフィそっちのけで水球に夢中になっているシーンもあります。
ゲイであることを誰にも“カミングアウト”できなかったことも、彼を苦しめた原因のひとつなのでしょうか。
監督はこれについては明言していませんが、映画は観た人によって感じることが違います。
それぞれのシーンにどんな意図があるのかは監督しか知らないし、観た人が自由に推測してもいいと思います。
最後のシーン
ソフィとの空港での別れを、カラムが撮影しています。
ベルトパーテーションを進みながら、何度も顔を出すソフィがめっちゃ可愛い。
“I love you.”と言って別れ、カメラは空港の壁から現在のソフィの部屋へ、そしてビデオカメラを持ったカラムへとゆっくりと移っていきます。
カメラを閉じ、カラムは奥にある扉へと歩いていきます。
扉の奥は、あのストロボが点滅する「ダンスフロア」でした…。
娘と過ごしたバカンスでも、彼の心の闇は変わることはありませんでした。
そして、その時がソフィが最後に見た父親の姿となります。
とても哀しいラストシーンでした…。
評価
Rotten Tomatoesでは、トマトメーター(批評家)96% ポップコーンメーター(観客)81%
metacriticでは、メタスコア(批評家)95/100の「MUST-SEE」ユーザースコア(観客)8.4/10
IMDbでは、IMDbレーティング7.6/10 ユーザー評価7.7/10
どのサイトも高い評価を出しています。
どういうことだったのか理解した後に、どんどん評価が上がる作品だと思います。
ロッテントマトは、オーディエンススコアだったのが“ポップコーンメーター”に変わっていました。(どうでもいい)
まとめ
世界中で絶賛され、多くの賞を受賞した映画「aftersun/アフターサン」
しかし、評価がいいからといって安易に観てはいけません。
ぼーっと観ていると、何も起こらないまま映画が終わってしまいます。
映画は何も説明しませんが、映像は語っている…。
意味を理解しようとして観る“2回目”は、1カット1カット目が離せない…そんな作品です。
父と娘の“楽しい”はずのバカンスが、視点を変えると“哀しくて切ない”ものになる。
カラムの苦悩が見えたとき、ソフィの無邪気な可愛らしさが胸を締め付けます。
そして、ビデオを観ている大人になったソフィの気持ちを考えると、また哀しくて苦しくなってくる。
1回目はよくわからないかもしれませんが、考察を読んだ後の2回目は…覚悟して観てください。
ポールとフランキーの自然で深い演技は必見です。
とても深く…素晴らしい映画でした。
Amazon Prime Videoで視聴できます!
最後まで読んでいただきありがとうございます
トレモリノス!